空想バカンスするん♡ 熱い恋&人生「悲しみよ こんにちは」!

読書はこころの旅

2022.08.27

いわゆる「バカンス」というものを、体験したい。

バカンス(vacances)とは、元々は「空(から)」という意味。

19世紀のフランスでは、バカンスは貴族や金持ちのものであり、何もしないでいる時間のことだった。

現在は、夏季に連続1ヶ月ほどの長期滞在型休暇を過ごす、というのが一般的。

日本の一般的な休暇(短期周遊型)とは、ずいぶん異なる。

フランスの法律では、休暇は連続5週間まで取得可能で、「人間が生きていくために必要なもの」とされている。

今日は、読書でフランス風の空想バカンスを楽しむことにしよう。

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熱い恋

「悲しみよこんにちは」( Bonjour Tristesse ボンジュール・トリステス)は、1954年に、フランソワーズ・サガンが18歳のときに出版された処女作。

22か国で翻訳されている、世界的なベストセラーで、ル・モンド20世紀の100冊の1つ。

舞台は、フランスの保養地コート・ダジュール(Côte d’Azur「青の海岸」の意味)。

17歳のセシルと父、その愛人は、海岸の別荘で夏のバカンスを過ごしていた。

別荘の外にある海辺で、のんびりと過ごすセシル。

私は砂の上に寝そべって、そのひとつかみを手ににぎり、指の間からやわらかい黄色のひとすじの紐のように流し落した。私はそれが時のように流れ過ぎて行くと自分に言い聞かせた。それは安易な考えだ。安易なことを考えるのは快いと自分に言い聞かせた。夏だもの。

なにもしないでいるセシルの時間は、とても贅沢。

しなければいけないことは、なにひとつない。

人生の時間は、誰にも等しく与えられているはずなのに、その内容は本当に多様!

セシルは、近くに住むシリルという男の子と仲良くなっていく。

海の波にきらきら反射する太陽の光の下、2人はヨットに乗る。

そして、突然、シリルの命令するような、愛情のこもった囁きが、、、太陽がはずれ、破裂して私の上に落ちた、、、私はどこにいたのだろう?海の真底に、時の真底に、それとも快楽の真底に?私は、声高にシリルをよんだ。彼は返事をしなかった。彼は返事をする必要がなかったのだ。

暑い夏には、熱いバカンスが似合う。

人生のバカンス

普段はパリで、やもめの父と気ままに暮らしているセシル。

恋多き父との生活について、セシルは心の奥底でどう感じていたのか?

それの唯一の欠点は、当時の年齢と経験しか持たない私には、深い感動をうけるというよりも、楽しいはずの恋愛のいろいろなことについて、ある期間、私に幻滅的なシニスムを吹き込んだということだった。私は特にオスカー・ワイルドの、簡潔な表現を好んで心の中で繰り返していた。「罪悪は、近代社会における唯一の鮮明な色彩だ」私はこの句を、実行に移した場合よりも、より牢固な確信をもって、自分のものとした。私は、自分の一生がこの一句を範とし、それからインスピレーションを享け、エピナルの悪徳のイメージのように湧き出ることができるだろうと考えていた。私は意味のない時間や、断絶や、日々の善良な感情を、忘却していた。観念的に、私は低劣な、破廉恥地獄の人生にさし向かっていたのだった。

そんなバカンスの別荘へ、美しく知的なアンヌが突然あらわれる。

そして、、、バカンスに不穏な空気が混ざるようになる。

父とアンヌの恋は、セシルの自由と幸福をおびやかし始める。

私はアンヌを辱めようとは思わなかったけれども、私たちの人生観をうけいれてほしかった。父がアンヌを欺いたことを彼女が知らなくてはいけなかった。アンヌは、それが彼女個人の価値や品格を傷つけるものではなく、全く生理的な一時の出来心として、客観的にうけとらなくてはいけないのだ。もし彼女が、どんなことをしても自分に理がある、と思いたいのなら、私たちを過ちがあるがままに放っておいてもらわなくてはならない。

アンヌは、セシルに勉強を強いたり、男の子と逢うことを禁止したりする。

人間は、個人それぞれの人生観を尊重するべきなのに。

家庭内における人生観の違いは、しばしば不幸を引き起こす。

思わぬ葛藤の末、セシルは父の再婚を阻止する計画を立てる。

そして、その計画はうまくゆきすぎてしまう。

私は逃げ出した。父は自分の好きなようにするがいいし、アンヌは適当に処置すればいいんだ!それに私はシリルと逢う約束があった。恋のみが、私が感じているこの貧血させるような恐怖から解放させてくれるように思えた。

衝撃的なラストを、ここでもう予感させる。

「悲しみ」を迎える

アンヌ亡き後、セシルは始めからシリルを愛していなかったことに気がつく。

彼ではなく、彼が与えてくれる快楽を愛していたのだと。

自らの幸福に服従しつつ、他者を人格のある人間として認めるのは困難だ。

人の魅力というものを、その人とは別の「観念的なもの」としてとらえる。

その結果、生身の人間を、受け入れたり突き放したりして、傷つけてしまう。

セシルと父は、アンヌを無意識的に追いつめた挙句、永遠に失ってしまった。

一ヶ月の間、私たち二人は夕食も昼食もいっしょにとり、外出せずに、鰥夫(やもめ)と孤児のような生活をした。時どき、私たちはアンヌのことを少し話した。「覚えている?ほら、あの日、、、」私たちは目をそらせながら、注意深く話した。なぜなら、それが私たちを傷つけたり、二人のうちのどちらかの気持ちを爆発させて、取りかえしのつかない言葉を言う結果になりはしないかと怖れていたからだ。こうしたお互いの注意深さと優しさとはやがて報いられた。しばらくすると、私たちは普通の語調でアンヌのことを話すことができた。私たちと幸福でいることのできた、しかし神の御許(おんもと)に召された一人の愛する人のことを話すように。私は偶然のかわりに神という字を使った。しかし私たちは神を信じていない。こういう情況の中で偶然を信じることができるということはすでに幸福なことだ。

喪失感と罪悪感を慎重に乗りこえて、2人は元の生活に戻っていく。

刺激的で安易な幸福に満ちた、パリの生活に、、、。

ただ、私がベッドにいるとき、自動車の音だけがしているパリの暁方、私の記憶が時どき私を裏切る。夏がまたやってくる。その思い出と共に。アンヌ、アンヌ!私はこの名前を低い声で、長いこと暗やみの中で繰返す。すると何かが私の内に湧きあがり、私はそれを、眼をつぶったままその名前で迎える。悲しみよ、こんにちは。

美しい思い出には、いつも悲しみがふくまれる。

永遠に続くものは、何ひとつない。

バカンスって、日常からの逃避だろうか?

読書も、バカンスも「ひとつしかない人生」について考えさせる。

空想バカンスで、人生の幸福に想いを馳せよう。

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このブログを読んでいただいてありがとうございます。

あなたに思いがけないハッピーがありますように!

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